小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

自分話-思い出話

幸せですかと問われる気がする~『また、同じ夢を見ていた』住野よる

二男から「おススメ」だと渡されたのだけど、ちょっと放置していた。 『また、同じ夢を見ていた』著:住野よる 正直に言うと、この作者の『君の膵臓をたべたい』は、あまり心に響かなかったのだ。 映画化されたし(主題歌はMr.Children♡)、話題の本だったし…

明日のことは never knows~ブログ1周年

履歴書を見て「何も悩みなんかないでしょう」と言われていた若かりし頃、 「なんの苦労も知らない人に、他人の痛みなんてわからない」なんて言葉をぶつけられていた頃、東京で公務員として働いていた。 履歴書だけを見れば、何の苦労もせずにスクスク育った…

Tさんのキーパーソンへ愛をこめて~認知症病棟の思い出2

お盆やお正月が近づくと、 以前勤務していた精神科の認知症病棟では、キーパーソンへの定期連絡の作業が加わった。 私は何の資格もなかったけれど、当時、病棟の人員要件とかなんとかで、大卒というだけで家族対応の係を任されてしまった。 普段は、入浴・排…

忘れても感情が心に積もっていく~認知症病棟の思い出1

まだ、認知症が「痴呆」と呼ばれていた頃、精神科の「老人性痴呆病棟」に勤務していた。 もちろん介護保険制度の生まれる前。呼び名も違えば、対処もまるで違っていた。 その病棟では、机とイスが並ぶ、だだっ広く妙に明るい空間で、日中60人が過ごしてい…

ビワと青田波の景色

昭和一桁生まれの父を見送ってから、もうすぐ5年になる。 父は、娘から見ると、大きくて強くて厳格で、滅多に怒らないのにとにかく怖くて、そして頼もしい人。 幼い頃から、身体の弱い母が寝込むたびに「死んでしまうのだろうか」と怯えていたのに、私はな…

言わないでほしいこと

中学生の頃はまだ、土曜日は半日授業が当たり前。 家にいるのが嫌いだった私は、この半ドンが嬉しくて、部活がない日も、なぜか配られる牛乳で空腹をごまかしながら、可能な限り学校に残っていた。 その日もぐずぐずしていたら、廊下で何やら揉め事発生。 ち…

久しぶりのブログは病欠明けの学校の気分

前記事でめまいについて書いたのは、予感がしたのか、やはり少々体調が悪かったのか・・・ 普段からぼちぼちではありましたが、1週間以上間があいてしまいました。 なるほど、一旦更新が止まると、そのままフェードアウトしてしまう気持ちがわからなくもない…

次兄の手作りお雛様

私には、兄が3人います。 三人三様、あまりにもタイプの違う兄たちでした。 思い出したくもない長兄とは正反対で、次兄は大人しくて優しく、努力家タイプ。 ただ、母の身体が弱かったためか、一緒に生活していない時期もありました。 学童期に大けがをした…

「施顔」と記憶していたけど「顔施」~J教授の言葉

小学校から大学まで、たくさんの先生方に出会いましたが、「恩師」という言葉で思い出すのは、小学生の頃大好きだったT先生と、大学時代の研究室のJ教授。 今回は、J教授の思い出話です。T先生についてはこちら ↓ T先生からの宿題 - 小石の眼から見た景…

「SONGS」が中島みゆきさんだったので歌が目にしみる~ホームにて

2019年1月26日土曜日の「SONGS」は、中島みゆきさんでした。 www6.nhk.or.jp 幅広い年代の人に中島みゆきさんが愛されていると言われると、嬉しくなります。 芸能人にせよ、スポーツにせよ、何かにつけて「自分は人気が出る前からファンだった」とか、「売れ…

虐待に塗り潰されたふるさとの記憶を取り戻したい

今回は、過去に受けた虐待の話がありますので、暗い話が苦手な方、思い出して辛くなる方は、どうぞスルーしてください。 ブログに思い出話を書くために記憶をたどるうちに、しんどいことが多かった子どもの頃の記憶は、丸ごと蓋をして、しまい込んでいる自分…

小さなヒーローAくんと斜視のおばちゃん

前記事では、タコ!タコ!と失礼いたしました。 www.honsaki.com 親になってからの「見た目&見え方問題」 結婚し、親となってからは、「見た目問題」以上に「見え方問題」で、不自由を感じる場面が多くありました。 www.honsaki.com 夫の協力が得られない平…

残念なタコ権力者と斜視の「見た目問題」

過去記事にも書きましたが、私の目は、先天性の内斜視です。 斜視とは 通常、視線は両眼とも同じ場所に向かってそろっています。斜視は、右眼と左眼の視線が違う場所に向かっている状態です。斜位とは、ふだんは両眼とも同じ場所を見ているのに、片眼ずつ調…

彼女の作文に恋をした

私の数少ない親友、R子との思い出話です。 彼女とは、中学で出会いました。 別の小学校出身のR子は、思慮深く、賢く、おおらかで、友人たちがいつも彼女を取り巻いていました。

就学前健診で「良い子」とは何かを学んだ

自分自身の受けた就学前健診の思い出なので、40年以上前の思い出話です。 小学校入学を控え、新しい情報をお求めの方は、ごめんなさい。

「頑張っても報われないことがある」と知った日

最近、自分の子どもの頃の「そこそこ貧乏だったよ」シリーズみたいになってしまっています。 自分でも少々しんどくなってきました。読み手はもっと・・ですかね。すみません。「読者のためになる記事」には、ほど遠いですが、よろしければお付き合いください…

自転車に乗れない中学生の見たもの

そこそこ貧乏な家あるあるですが、皆が持っていて当たり前の物がなくて困るということが、しばしば起こります。 色々ありましたが、その一つが「自転車」でした。 私は、持っていないだけではありません。小学生の頃、近所で怪我をした子がいて、ヒステリッ…

T先生からの宿題

小学校5,6年生の時の担任で、とても好きだったT先生の思い出話です。 1年~4年生 変な肩書がプレッシャー 私は、というより我が家は、小学校の先生の間ではちょっと有名でした。 両親が元教員、父は現役の教員ではないものの、教育関係の仕事をしてお…

「あぁ、神さま、仏さま」と祈ったクリスマス会の思い出

最近「自分話」カテゴリーの記事が多くて、何だかすみません。 色々書きたいことがあっても、結局は自分のことを書いてしまわないと、自分で納得できる説明ができないなと感じています。もう少し、自分話を書いてみようと思いますので、よろしければお付き合…

「お下がり」の記憶

11月の割には暖かい日が続きます。本格的に寒くなる前に衣替えを済ませなければと思いつつ、ブログを読みたい!書きたい!欲望に負け続けです。 「お下がり」使う?使わない? 我が家は男の子2人の兄弟なので、「お下がり」は有効活用できます。 保育園時代…

感謝を伝えたかった人

大学生の頃の思い出話です。暗い内容ですので苦手な方はパスしてください。 自分は要らない子どもだと感じていた 大学時代の話に行く前に、そこに至るまでのこと。 5人兄弟の末っ子として産まれた私は、小学生の頃から「自分はこの家にとって要らない子ども…

中3だった私が悩んでいた「優しい」ということ

前の記事で「中学生の頃の私が何を言いたかったのか、次回書きたい」などと、自分でハードルを上げるようなことを書いてしまい、 「それで、結局自分は何を言いたかったんだ?」と、ドツボにはまっているところです。 www.honsaki.com 人前で泣いてはいけな…

中3で発表した劇のこと

前回、自分が中学3年(34年前!)の文化祭で劇に没頭したことを書きました。 「どんな劇だったか知りたいです!」とのご要望はないけれど、自己満足で書かせていただきます。よろしければお付き合いください。 自分で作ったのに、うろ覚えで、脳の衰えに焦…

中学校の文化祭!クラス劇をしなくなったのがちょっと残念

二男の中学校の文化祭がありました。 PTAの役員をした時は、写真撮ったり、バザーでパンを販売したりと、朝からガッツリ参加して、それはそれで楽しかったのですが、今は息子の出番だけサラッと見に行く冷めた 保護者Aです。 文化祭というか合唱コンクー…

肩書を外して自立した日

幼い頃、自分で仕事をし、生きていけることが「自立」だと思っていました。(仕事の中には、結婚し家庭を持ち、家事育児することも含めて。) 今ほど就業状況が厳しくない時代、大人になれば自然と仕事を得、家庭を築くものだと漠然と考えていました。 「いい…

「まんが日本昔ばなし」と父の思い出ばなし

食べ盛りの息子は、最近たっぷり食べたいらしく、モリモリっ!とごはんをよそいます。おかわりもしますが、まずは上手にてんこ盛り。 「まんが日本昔ばなし」でよく見かけたごはんみたいです。なんだか懐かしい。 「まんが日本昔ばなし」は見てもOKだった…

「内斜視で近視」と「遠視で老眼」のコラボレーション?

私の目は少々普通の人と違っています。 先天性の内斜視で、左目がぐっと中央に寄っています。若い頃の視力は右目は1.0ほどで、左目は0.02くらい。裸眼で遠近両用メガネ状態でした。 先天性の内斜視の視力と両眼視 私の目は、先天的に左右で位置が違うため、…