小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

幸せは「心から湧き出る」のかもしれない~「ひとつだけの贈り物」

今週のお題「読書の秋」が終わってしまう前に、懐かしい物語「ひとつだけの贈り物」について書きたいと思います。

 

「暮らしの手帖」掲載の童話コーナー

アラフィフ世代以上の皆さまは、御存じの方も多いと思います。

 

NHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」でも話題となった(話題が古いですね)、昭和の主婦の愛読雑誌(?)「暮らしの手帖」

はっきり時期を覚えていないのですが、母が愛読していた時期があり、我が家にも届いていました。

 

この雑誌の中に童話のコーナーがありました。

挿絵は、藤城清治さんの美しい影絵。登場する皆の瞳がちょっと縦長で、みんなちょっとだけ猫っぽくて、可愛らしい。

色も美しく、幻想的で、ファンタジーの世界に引き込まれます。

文字が読めない頃から、絵だけでも楽しみ、自分で読めるようになると、過去の分まで引っ張り出して読んでいました。

 

そんなお話の中で、印象的だったのが、「ひとつだけの贈り物」でした。

 

以下、少々うろ覚えですが、あらすじ(ネタバレあり)です。

 

未亡人の母親は、名付け親の老人から「この子に、ひとつだけ贈り物を与えよう」と伝えられます。

母親は悩んだ末「誰からも愛される子になりますように」と願います。

 

願いは叶い、その子は、誰もが愛さずにはいられない美しい青年に成長しました。

誰かが支援を申し出るので、お金にも不自由しません。

どんなに傲慢で、ひどい態度をとっても、誰もが愛してくれます。

 

しかし、やがて、どんなに愛されても虚しく、自ら毒を飲もうとしたところへ、名付け親の老人が現れます。

もう一度、彼自身の願いを訊くという老人に、彼は「誰もを愛せる人にしてください」と願うのです。

 

願いは叶いました。

支援を断ち切られ、皆から冷たい目で見られ、貧しくボロボロになっても、彼の顔は喜びに満ち溢れているのでした。

 

幸せは得るのではなく「湧き出る」のかもしれない

 子どもの頃は、印象的だったものの、よくわからなかったのです。

 

誰からも愛されて、お金の心配がなくて、心のままに言いたいこと言っても絶対に嫌われない

こんないいことづくめなのに、何で毒飲みたくなる??

 

子どもの頃の私にしてみれば、手に入らなくて、羨ましいことばっかり。

「幸せはお金では得られない」なんてキレイごと。

虚しくなる前に、自分で他人に親切にしてあげるとか、愛する努力をすればよかったじゃん。(これを言ったら、物語が成り立たない・・)

 

そのまま記憶から消えていたのですが、心のどこかに引っかかっていたのでしょう。

 

例えば、お天気のいい休日に、家でのんびりしている時、

スーパーですれ違ったベビーカーの赤ちゃんと目があった時、

道端で小さな野の花を見かけた時、

じんわりと心から湧き出してくるもの。

「これが幸せってものかもな~」と思う時、「ひとつだけの贈り物」を思い出します。

 

悩みはまだまだ尽きないし、お給料もらったらもちろんハッピーになる、煩悩まみれの私ですが。

 

 

 実は、本自体は持っていないので、内容は憶えているのに、物語のタイトルを思い出せず、色々調べていました。

 「暮らしの手帖社」から出版されている、「きん色の窓とピーター」という本の中にあります。

「お母さんが読んで聞かせる」とありますが、お父さんも是非。

 

ちなみに、タイトルとなっている「きん色の窓とピーター」というお話も、大好きでした。(それはまたいつか・・)

 

この「ひとつだけの贈り物」の原作は、ヘルマン・ヘッセの短編童話集「メルヒェン 」の中の「アウグスツス」というお話です。

 

偉そうに書いていますが、この記事を書くまで知りませんでした(汗)。

ヘルマン・ヘッセと聞いても、反射的に「車輪の下」という受験用の記憶しか出てきません。

自分が読んでいないのに、記事にして申し訳ありませんが、今度読もうと思っていますというご紹介でした。失礼しました。