小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

ママ友グループでの「あだ名」をお断りした話~名前を支配されたくないのだ

あの微妙な関係について、広く通じやすいから敢えて使っている言葉「ママ友」。

それがさらにグループと化すと、自他ともに認める「コミュニケーション難ありあり」の私には、ハードルどころか高い壁となって立ちはだかっていた。

 

義務教育が終了すると、嘘のように「ママ友」の煩わしさは消える。

子どもが高校生になっても、真っ只中の人もいるのかもしれないけれど、私はスッパリ解放された。

もしかすると、解放されたと私が思っているだけで、「あの人付き合い悪い」とか「ほんさきさんって中学の時から変だったわよ~」なんて言われているかもしれないけれど、別に平気さ。

  

子どもが小学生の頃、所属せざるをえなかった「ママ友グループ」には、私の苦手とするタイプのママKさんがいらっしゃった。

キャピっとかわいくて(ひがんでるんじゃないもん!)、オシャレなことや楽しいことが好きで、明るくて、涙もろくて、守ってあげたくなるタイプ。

合言葉は「みんなと仲良くしたいの♡」

あぁ、書いていて思ったけれど、つまり私と正反対なんですわ。

私は、一人が好きで、つるむの苦手だし、オシャレより実用的な服が好きだし、根暗だし、人前で泣かないし、男衆から「怖い」って言われるし。

「たまたま一緒にいるだけで、無理に好きにならなきゃいけないの?」って思うタイプ。

 

それでも、まあ仕方ないので、一時的な付き合いと割り切って、着かず離れずやってきていた。

そんな中、グループで飲み会が開催された。

Kさんは決意を表明。「みんなと、もっと仲良くなりたいの。あだ名つけて呼び合いましょうよ♡

「あなたは『A~ちゃん』ね! あなたは『Mっち』!私は『K・・ちゃん』って呼んでね♡ そしてあなたは・・・」

あぁ、酔った勢いとはいえ、ほとんどオーバー40の女子が、微妙なあだ名で呼び合い出す姿に、私は完全に引いてしまったのだ。

「ほんさきさんは・・『ほんほん』かな?『さきさき』?どっちがいい?」

「いや、私はいいわ・・『ほんさきさん』って、苗字で呼んで。」 

一瞬で場の空気を凍り付かせてしまったけれど、空気読めなかった訳じゃない。

ここは、何となく読みたくなかったのだ。

 

だって愛称で呼び合うほど親密じゃないやん。というか、べったり親密になりたいとか思ってない。

変にべったりになって、「それ変じゃない?」と反論もできなくなって、

何でも多勢や声の大きい人に合わせて「だよね」とか「いいね!」とか言わないといけない、息の詰まる雰囲気にのまれてしまう気がして怖い。

 

大好きなジブリ映画の一つ「千と千尋の神隠し」では、名前が重要な役割を持つ。

名前を支配されると、自分が何者か思い出せなくなる。

帰り道がわからなくなる。

名前を支配されたくないのだ。自分の意見が言えなくなるような、自分が自分でなくなる関係なんてゴメンだわ。

ママ友グループでの「あだ名」をお断わりしながら、そんなことが思い浮かんだりしていた。

それから、確かに私は「変わった人」扱いだったし、LINEのグループトークでみんながあだ名で呼び合う中、私だけ「ほんさきさん」と呼ばれる距離感は少々寒々しかった。

Kさんからは、よく「私はみんなと仲良くしたいと思っているのに・・」と、さも私が輪を乱し、妨害しているかのように責められた。

そう言えば、学生時代も「女子グループで仲良くしようと思ってるのに」と、Tさんによく責められたな。

ん?と言うことは、私が悪いのか?

でも、「仲良くする」とは何なのかい?

いつもつるんで、おそろいのグッズ持って、おそろいの意見を持って、心ひとつになることかい?

あえて攻撃したり、いじめたりしたらダメだけど、

反対意見もあって、時には言い合いして、折り合いつけて、

見かけバラバラでも「何のため」に集まってるのか間違わずにいればいいのじゃない?

 

私は「あだ名」を断っても、仲良くしていると思ってたよ。

 

基本的には、いつもボッチで平気というスタンスを貫いていた私。

授業参観も、学校行事の草取りでも、野球の応援も。

わざわざ遠く離れたりしないけど、一人でも平気。

でも、意外と似たような人はいて、一人の誰かとそれなりに言葉を交わし、特に困りもしなかった。

今でも、あのグループで連絡取り合わなければならない時は、グループLINEにあだ名が飛び交っている。

私だけ苗字だけど、それを見るたびに自分で「Good job!」と思っている。

 

ほんさき