小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

Tさんのキーパーソンへ愛をこめて~認知症病棟の思い出2

お盆やお正月が近づくと、 以前勤務していた精神科の認知症病棟では、キーパーソンへの定期連絡の作業が加わった。

私は何の資格もなかったけれど、当時、病棟の人員要件とかなんとかで、大卒というだけで家族対応の係を任されてしまった。

普段は、入浴・排泄・移動・食事等のあらゆる介助もしていたけれど、この時期はせっせと電話をかける。

 

この定期連絡の目的には、患者さんの近況報告と、連絡先の変更等がないかの確認に加え、お盆休み期間の外出や外泊の予定の確認がある。

病棟に様子を見に来ることもなく、近況を実感されていないご家族は、何かことが起こってから立腹されることが多い。

定期的に連絡をしていなければ、いざという時「電話がつながらなくなっていた」というケースもある。

外泊があれば食事や薬の調整も必要だし、お迎えにこられるまでの準備は、なかなかに時間を要する。(説明や着替えや排泄や・・)

 

当時は携帯電話も少なく、自宅か職場にかけることになる。

「認知症」が「痴呆」と呼ばれていた頃。精神科への偏見も今以上。親を施設などに入れることに対する偏見も強かった頃。

大抵、電話の向こうはイヤそう~な雰囲気。イヤそうな声。

「病院名を名乗るな!」とか「なんで用もないのにかけてくるんですか!」と責められる。

「この時期、お盆の外泊予定の確認を・・」「ないです!(怒)」即答され、仕事とはいえ結構凹む。

 

 

Tさんは、がっちりした70代の男性。私がお会いする時間の中では「ちょっと物忘れがある」くらい。

朝夕に病棟に届く新聞を楽しみにされていた。

そろそろかな~という時間になると、座席から職員に「新聞来たかな?」とサインを出される。

席にお持ちすると、「ありがとう。」と、顔をしわくちゃにしてニコニコっとされる。

サインを出す時、左手の指が2本短いのが見える。理由を確かめたことはないけれど、色々なことがあった人生だったのだろう。

 

このTさんのキーパーソンは、長男さんではなくその妻、つまりお嫁さんとなっていた。 このお嫁さんへ、初めてお電話した時は強烈だった。

「何にもないのに電話かけるなーっ! 」

「こんな電話にも、お金がかかってるんじゃろ!こっちが払うんじゃろ!電話なんかせんでいい!」

なかなかの勢いで罵倒された。凹むを通り越して「なんなんだこの人は??」と、内心怒りがわく程だった。

 

 

このお嫁さんは、電話のとおり、結構口が悪く、面会時Tさんに「じいちゃん!調子どうね!?」と、ぽんぽんっと言葉をかけ、ガハハと笑う。

 帰り際、お見送りする時(2重扉の鍵を開閉するので)恐る恐る声をかけてみる。

「先日は、お忙しい時にお電話してすみません。お電話したほんさきです。」

「あら~あんたなの~。いやぁ、ごめんねぇ~。」ガハハと笑われた。

 

お嫁さんと顔を合わせた時は、少しずつ話ができるようになった。

電話でも「あら、どうも~」なんて言えるようになり、怒鳴られなくなった。

「みんなじいちゃんのことほったらかし。私だけでも来てあげんと・・」と、農作業の帰りかな?というスタイルで、嵐のように顔だけ見て帰られたりする。

豪快で、口が悪くて、責任感が強くて、実はあったかいキーパーソンだった。

 

その後、私自身が実親のキーパーソンとなり、電話を受けた時のお嫁さんの気持ちが少しわかった気がした。

電話をかける方は、ただの連絡だったりするのだけれど、受け手は電話の主を知るだけで、胸に秘めた不安と罪悪感が一気に噴き出すのだ。

何かあったのか?さらに何をしなければならないのか?

もっと会いに行くべきなのか?ほったらかしてかわいそうじゃないか?

親を他人任せにして、ひどい子どもだろうか?

そんなこと、一言も言われていないのに、余裕がなくていっぱいいっぱいで、責められている気がして、

「私だって、精一杯なんだよ!」と、悲しみが怒りになって溢れてしまうのだ。

 

 Tさんには、何人かお子さんがいらしたけれど、稀にでも訪ねて来るのは、このお嫁さんだけだった。長男さんは病棟の外で待っていて、中には入って来ない。

 親子とはいえ、親子だからこそ、複雑な感情があるのは私自身よくわかっている。それについて、事情を知らない者はどうのこうの言えない。

 

ある時、いつも通りの面会を終え、お嫁さんは玄関で長ぐつを履きながら

「じいちゃん、かわいそうかな~って思ってるんよ。でも、(夫は)盆に連れて帰らんって言う。でも、かわいそうだよね。」と、しんみりされていた。 

私はまだ若輩者で、かける言葉が見つからず、曖昧に微笑むことしかできなかった。

でも、私は今でも、このお嫁さんがキーパーソンでいてくれたことは、Tさんにとっても、そして私にとっても、ちょこっと幸せだったんじゃないかな~と思っている。

 

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ほんさき