小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

食べて涙があふれる場面に胸を打たれる~「千と千尋の神隠し」のおにぎりと「凪のお暇」のポッキー、そして「アンナチュラル」

ドラマを見ない年月が長かったのですが、最近になって、「見逃し配信」や「配信サービス」を知り、
スキマ時間に楽しむことを覚え、「今更?」という過去作品にハマっていたりしています。 

そして、「私、共通した場面で、もらい泣きしてるな~」と、ふと思ったのです。
それは、「食べて涙があふれる場面」。

「千と千尋の神隠し」の「おにぎり」

ドラマの中で「食べて涙があふれる場面」を見ると、必ず思い出すのが、
「千と千尋の神隠し」で、ハク(湯婆婆の手下だけど千尋を助けてくれる少年)が作ってくれた「おにぎり」。

「千と千尋の神隠し」を見始めた時、「ジブリだけど、あまり好きじゃないかも?」と思っていたのです。
主人公の千尋が、「ナウシカ」にも、「シータ」にも、「ラナ」にも似ていない。

「ワーワー騒いで、甘えて、まどろっこしくてイライラする!」とすら思ったのですが、
繰り返し見るうち、ジブリ作品の中で、不思議と一番心惹かれるな~と思うようになりました。 

その「千と千尋の神隠し」のワンシーン。

千尋が異世界に迷い込んでしまった翌朝、ハクが渡してくれたおにぎりを食べると、千尋の目にふいに涙が盛り上がり、
千尋はポロポロと大粒の涙を流しながら、おにぎりを食べ続けるのです。

突然、一体何が何だかの世界に来て、命の危険すら感じつつも、とりあえず何とかなった1日を乗り越えた翌朝、
ハクが心を込めて作ってくれたおにぎりを食べた瞬間、千尋の張りつめていたものが一気に解ける。

私は、そんな千尋を見ながら、切ないような懐かしいような思いで、何度見ても胸がいっぱいになるのです。 

「凪のお暇」の「パンの耳ポッキー」

  2019年7月19日~放送されていた、「凪のお暇」の第1回にあった「食べて涙があふれる場面」を見た時、
「千と千尋の神隠し」のおにぎりのシーンと同じような気持ちになったのでした。

www.tbs.co.jp人の顔色を伺い過ぎ、場の空気を読み過ぎて、他人に合わせ過ぎて過呼吸を起こしてしまった主人公の凪(黒木 華)は、
人生のリセットを決意し、会社を辞め、関わっていたすべての人たちとの連絡も絶ち、6畳一間のおんぼろアパートへ引っ越してきます。

小銭を拾ったり、パン屋さんでパンの耳を譲ってもらったりしている姿を近所で見かけた、粗末な身なりの老婦人(三田佳子)も、そのアパートの住人の一人。

その老婦人の部屋に、ひょんなことから招かれた凪は、パンの耳で作ったポッキーを食べて涙があふれます。

ぐっと我慢し続けた日々。そして、思い切って息苦しさから解放されたものの、喜びだけでなく、新しい生活、環境への不安、今後の人生への不安が山積み。
その時、思いの外「豊か」な暮らしをしている老婦人の「豊か」なポッキーを食べ、凪の張りつめていたものがホロリと解ける。

私は、そんな凪を見ながら、これまた胸がいっぱいになったのでした。 

優しいものを食べて涙する

若い頃の私は、不思議と「これ食べな」と食べ物を分けてもらうことが時々ありました。
「よほどひもじそうに見えるのだろうか?」と心配になるほど。(ちゃんと自炊していたのだけれど。)

大学生の頃は、研究室の教授もだけれど、なぜか大学の門横の守衛さんたち。
守衛室の前を通ると、時々手招きされて、
「あんた、ちょっとこれ食べな」と、お菓子やらバナナやらヤクルトやらを分けてくださいました。

 社会人になっても、職場の出入口にある守衛室の前を通ると、同じように「ちょっとこれ食べて」と、
守衛さんがお菓子やら缶コーヒーやらを分けてくださることが時々ありました。

今思うと、環境の変化が苦手で、青っ白い不安そうな顔をして、毎日歩いていたのかもしれません。
「何か食べさせて、元気出させよう」と、思わせてしまうほどに。

そんな優しい食べ物の思い出がもう一つ。

社会人になり、研修でしばらくお世話になった地から東京へ帰る日。
研修先のおばあちゃんが、「電車の中で食べて」とお弁当を作ってくださいました。

昼、電車で包みを開けると、刻んだカリカリの梅漬けを混ぜ込んだおにぎり。 

カリカリ具合が絶妙で、あまりに美味しくて、研修中「そんなに好きかい?」と笑われるほど食べさせてもらった、おばあちゃんの梅漬け。

研修が終わり、再び始まる東京での生活に少し緊張していたのだけど、「がんばれ」と励まされているようで
食べながら、ちょっと目がウルウルっとしたのでした。 

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「アンナチュラル」の食べるは生きること 

 2018.1.12~放送されていた「アンナチュラル」にハマって、また見返していました。

www.tbs.co.jp

死因究明専門のスペシャリストが集まる「不自然死究明研究所(UDIラボ)」が舞台の法医学ミステリー。
「不自然な死(アンナチュラル・デス)」の死因究明を通して、死と向き合うのだけど、死と向き合うことで、さまざまな人生と向き合っているように、私には感じられます。

この第1話の中の「食べて涙があふれる場面」も、思わずもらい泣き。

主人公の法医解剖医のミコト(石原さとみ)が、あんぱんを差し出します。
相手は、恋人を亡くした女性。

UDIラボにて恋人の死因は解明されたものの、自分が渡したある資料のせいで、亡くなった恋人やその家族は、世間から強く非難されてしまい、
彼女は深い悲しみと苦しみの中にいます。

あんぱんを勧められて、「そんな気分じゃない」と断る彼女に、ミコトは優しくキッパリと伝えるのです。

「そんな気分じゃないから、食べるんです。」

彼女はあんぱんを手に取り、食べ、涙があふれます。

「なんで・・おいしいんだろ。こんな時に。・・・嫌になっちゃいますね。」

 

このドラマでは、「『食べる』シーンが大切にされているな」と感じます。

死を扱っているドラマなので、「食べる」ことが「生きる」ことを表現しているように感じるのです。

冒頭も、最後も、ミコトが豪快にお弁当の天丼(?)を食べているし、
UDIラボのメンバーも、明るく、豪快に食べて飲んでいる姿がよく描かれるのですが、「逞しく生きる」姿を象徴しているようで、私はぐっとくるのです。

 

 食べることは生きること。
ホッと緊張が緩んで、生きていることを実感すること。
優しさに触れ、生かされていることを実感すること。

だから「食べて涙があふれる場面」に胸を打たれるのかな?と思ったりしています。

 

そして、今「アンナチュラル」の第2話の名言がお気に入り中。

「絶望することはないのか?」と問われて、驚くほど美しく明るく澄んだ笑顔で、ミコトが言うセリフ。

「絶望してる暇あったら、うまいもん食べて寝るかな。」 

くよくよしがちな時、不安で頭一杯になる時、このセリフをこそっと口にしてみます。
石原さとみにはなれませんが、元気でますよ(^▽^)/

 

※ちなみに、私が利用している動画配信はコチラ↓↓↓ 

www.paravi.jp

ほんさき

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