小石の眼から見た景色 あらかた50主婦のあったこと録

その辺に転がっている小石のあれこれ体験録です。

言葉の奥の思いをさぐる~認知症病棟の思い出5

介護保険制度の生まれる前、まだ、認知症が「痴呆」と呼ばれていた頃、精神科の「老人性痴呆病棟」に勤務していた。

精神疾患で長期入院のまま高齢になった人のうち、症状が落ち着いている人も、
認知症の人も、ひとくくりに「痴呆」としてその病棟で過ごしていた。

「殺してくれー」と叫ぶ人 

全くの未経験で介護の仕事に飛び込んだ初日、ドキドキしながら病棟の扉を入ると、
「殺してくれー!殺してくれー!」
と叫ぶ男性の大声が耳に入った。

他にも色々と衝撃的な光景に
「きっとやれる。頑張ろう!」という微かな自信は、あっさり吹っ飛んだ。 

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大声の主はH田さん。70代男性。
中途失明で、歩行も難しく、移動も食事も排泄も全部介助を要する。

「寝たきり、寝かせきりをなくす」という病院の方針で、
全員、日中はベッドではなくホールで過ごしていただくのだけれど、

H田さんは、すぐイスからずり落ちてしまうので、ホールの隅の畳スペースが定位置だった。

畳に寝ころんだまま、「殺してくれー!」と頻繁に叫ばれるので、初日の衝撃もやがて薄れ、
恐ろしいことに、しばらくすると慣れてしまった。

「殺されるっ!助けてくれー」と叫ばれて

当時、画期的と言われていたその病棟では、(他の病棟と比較してではあっても)新しいケアを積極的に試み、取り入れる風潮があった。

ある時、「口腔ケア」に取り組むことになり、入れ歯のお手入れの他、
皆さんに、日中1回「うがい薬でのうがい」をしてもらうことになった。

これは、職員にとっては、当時なかなかなチャレンジ。
何しろ、説明しても理解される人はごくわずか。

うがい薬を飲んでしまう人、洗面台まで移動だけで介助が大変な人、
何故か意地でもイスから動きたくなくなる人、
うがいすると総着替えになる人・・・。

そして、H田さんのように、うがいの難しい人は、職員がお薬で口腔内を拭くケアを行うことになった。

「H田さん。今から、歯磨きの代わりに、お口の中に指を入れて、キレイにしますね。
ちょっと気持ち悪いけど、ガマンしてくださいね。」

横たわるH田さんの肩に触れ、声をかけると、
「はい。あーお願いしますっ。」と言われるのだけれど、

脱脂綿を持つ指を口に入れた途端、
「う”わぁぁーっ!何をするっ!
殺されるっ!助けてくれーー!」
「H田さんっ!お口の中拭いてるんですよ。」
「あぁ、はい。お願いします。」⇒指を入れる・・・
「殺されるっ!助けてくれーー!」 

繰り返し・・・。

毎日大騒ぎの口腔ケアタイムだったけれど、ふと思った。

H田さんは、いつも「殺してくれー!」と叫んでいるけれど、
当たり前だけど「殺されたくない」のだなと。 

「白いアンティークのソファー」の奥にある思い 

話が変わるけれど、病院を退職後、介護保険制度がスタートした頃、介護施設の開設に少しだけ関わったことがあった。

その社長は、勉強熱心でパワフルで夢がある素敵な人で、いつも職員に熱い想いを語ってくださっていた。

 ある時、県外の先進的な施設を見学してきた社長が、職員に熱く語っていた。

「とっても素敵な雰囲気の施設だったの。
調度品がオシャレで、『お年寄りの施設』って感じがしなくて、花が沢山飾ってあって・・・」

そして、「例えば、うちのデイサービスのフロアに
『白いアンティークのソファー』とか置いたら素敵かしら?」
なんて言って、ワクワクされていた。 

白いアンティークのソファー

しかし、社長が帰られてから、デイサービスの主任はため息をついて言った。

「社長は、わかってないですよね。介護の施設で『白いアンティークのソファー』だなんて。
食べこぼしや下の汚れ。すぐ汚れるじゃないですか。白だなんて、掃除大変なのに。
ソファーの高さは腰かけにくいし、立ち上がりにくいんですよ。誰も座りませんよ。介助も大変になるんです。

社長は、イイ施設いっぱい見て来られるけど、現場のことわかってないですよね。」

主任の言っていることは、割とわかるつもり。
けれど、開設から関わった、「現場」ではない私には、社長の気持ちもわかる気がした。

社長は、「『白いソファー』を置け」と言っているのではないのだ。

「白いアンティークのソファー」の奥にあるのは、社長がいつも言っている思いがある。

介護が必要になったからって、認知症になったからって、ひとくくりに『お年寄り』って扱いをしたくない。
自分の親や自分自身が利用したい、ちょっと素敵なところを作りたい。

介護施設おきまりのパターンの、介護しやすい、掃除しやすいばかりの空間、
やけに明るくて、パステルカラーのビニールのイスばかりの空間ではなく、

自分が過ごしてきた場所(きっと社長はオシャレさん)に近かったり、
デイサービスなら、ちょっとオシャレな社交場の雰囲気があっていいんじゃないか?

そんな思いが現れた言葉が「白いアンティークのソファー」だったんじゃないかと思った。 

 言葉の奥の思いをさぐる

「『いかにもお年寄り』じゃない物を置いて、『いかにも介護施設』じゃない雰囲気を作りたい
って気持ちなんだと思います。社長は。

その思いをくんで、「白」でも「ソファー」でもなく、現場で可能だと思うモノを提案してみればどうでしょう?」

なんて、かなり偉そうに主任に言ってみた。

「以前働いてたとこで、いつも『殺してくれー!』って言うのに、口腔ケア中に『助けてくれー!』って叫ぶ患者さんがいたんです。

言葉の、そのままに応えることが、『ニーズに応えること』ではないんだな~って思うんです。極論ですけど。

表に出される言葉そのものだけでなく『言葉の奥の思いをさぐる』ことって、大切だなと思います。
まあ、社長は、もう少しわかりやすく話してくださるといいんですけどね。」

「言葉の奥の思いをさぐる」なんて自分で話しながら、
H田さんの「殺してくれー!」の奥の思いを、自分は少しもさぐれなかったなと思った。

ホールの隅の畳スペースで、ほったらかされ気味に横になっている毎日の中で叫ばれる「殺してくれ」の言葉の奥は、

もっと「人と関わりたい」だったり、もっと「何かしたい」だったり、
もっと「自分をみてほしい」だったのかもしれないのに。

「忙しいを言い訳にして、なんにもできていなかったな。」と、
今でもH田さんの顔を思い出したりする。 

ほんさき

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