※本文中青太字は、さだまさし「療養所(サナトリウム)」の歌詩を引用しています。
私が子どもの頃(大体40年程前)は、よく言われていた。
「人は歳をとると、子どもに帰る」と。
自分が年寄りになるなんてイメージできるわけもなく、近所のお年寄りや自分の祖母を思い浮かべながら、
「子どもになっちゃうんだな~」と思っていた。
そんな小学生の頃、さだまさしさんの「療養所(サナトリウム)」を耳にした。
彼は、こう歌っていた。
歳と共に誰もが子供に帰ってゆくと
人は云うけれどそれは多分嘘だ
認知症になることは「子どもに帰る」ことではない
以前勤務していた認知症病棟は、「療養所」ではなかったし、
大声を出す人、徘徊し続ける人、患者同士の諍いなどで、実に騒々しい場所だった。
それでも、フロアに日の光が差し込む午後、この歌詩を思い出し
「あぁ、この景色のことかもしれない」と感じることがしばしばあった。
さまざまな人生を抱いた療養所は
やわらかな陽溜りと かなしい静けさの中
当時、認知症病棟に入院している60人のうち、半数の人はオムツを利用していた。
他の人も、声をかけたり、時間になったらトイレにお連れしたり。
排泄が自立している人は少ない。
食事も、スプーンで職員が口に運ぶ「全介助」の人が10人以上。
大きな食事用エプロンをつけて、食事を口に運ばれている。
以前よく言われていた、「人は歳を取ると、子どもに帰る」という言葉は、
こんな光景を見た誰かの感想だったかもしれない。
けれど、さださんが歌うように、それは嘘だ。
たった今のことは忘れてしまい、思い出の中を生きていたりするけれど、
積み重ねた人生は確かにあり、関わってきた誰かが必ずいる。
何故、どこにいるかわからないけれど、大切な娘さんのことは覚えている人。
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がむしゃらに仕事してきた人、必死に子育てしてきた人、恋人を待っている人、故郷に想いを馳せる人。
「思い通りにとべない心と動かぬ手足」を抱えて。自分自身も戸惑いながら、あったものを失っていく。
Y子さんの笑顔
Y子さんの産まれた日は、きっと雪が美しかったのだろうなと、私は勝手に思っていた。
肌が真っ白で、髪も真っ白な80代のY子さんの名前が、雪をイメージさせる美しい名前だったから。
オムツを付け、移動は車いす。
でも、イスに座っていたかと思えば、自分で這って、あちこち行ってしまう。
若い頃は美人さんだったのだろうなと思うのだけど、
いつも人を睨みつけ、話しかけると暴言(時々、つば)で返される。
オムツ交換も、入浴介助も抵抗されるし、叩くひっかくの暴力もあるし、他の患者さんとのケンカは絶えない。
正直、お相手するのは辛く、避けたくもなる日々だった。
ご家族の面会は、入院時に息子さんが来られたのみ。
「以前の病院では、ベッドにずっと縛られていました。ココはすごいですね。」
淡々と、そう話されていた。
自分の母親について、そう語るに至った息子さんのそれまでを思うと、
その後、面会に足がなかなか向かないことについて、何も言えなかった。
ふた月もの長い間に
彼女を訪れる人が誰もなかった それは事実
けれど人を憐みや同情で
語れば それは嘘になる
やがて、私は長男を宿し、まあまあギリギリまで働いて出産。
育休を取得した。
ある日、手続き等の関係で、ようやく首の座った長男を連れ、病棟に顔を出した。
本当は、長男を病棟に連れていくことを、ためらう気持ちもあった。
申し訳ないと思いつつも。
「興奮する人、暴れてしまう人もいるかもしれない。」
「いじめられたり、傷つけられたりしたらどうしよう。」
けれど、それは、杞憂に終わった。
赤ちゃんという存在は、つくづく偉大だ。(我が子自慢とかではなく)
もの悲しさに包まれたような、部屋の空気が一変する。
女性はもちろん、男性にも笑顔が広がる。
リハビリを嫌がる方が、顔を見ようと歩いて来られる。
入れ替わり立ち代わり、動ける方々が顔を見に来られた後、
Y子さんが近くに来られていた。
いつものように、ジロリと睨まれて、
「あぁ、Y子さんは、赤ちゃんもダメかな。」と思ったその時、
Y子さんは、とびきりの笑顔で長男を見つめて
「かわいいねぇ。あぁ、かわいいね~。」と言ってくださった。
こう言っては、表現が適切ではないかもしれないけれど、
それは普通の優しいおばあちゃんのY子さんの顔だった。
あの歌の大好きな部分の歌詩を思い出す笑顔。
たった今飲んだ薬の数さえ
すぐに忘れてしまう彼女は しかし
夜中に僕の毛布をなおす事だけは
必ず忘れないでくれた
育休後、職場復帰が叶わず、その後のY子さんについて知る由もないけれど、
私の中のY子さんのイメージは、いつも睨みつけられていた怖いお顔ではなく、
あの笑顔になっている。
さだまさし「療養所(サナトリウム)」
小学生の頃に耳にしたこの歌は、 認知症病棟での経験や、
親の介護や、自分自身の加齢を経て、さらにしみじみと心に響く。
聞いていると切なくもなり、歳をとることが不安にもなり、もの悲しい気持ちになる。
けれど、最後の言葉に救いがあって、心に暖かい光が差して終わる、そんな曲。
YouTubeよりお借りしました↓↓↓
ほんさき ※本文中青太字は歌詩を引用しています。
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